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青く輝く月の下で ~Under the shining B.L.U.E. moon~

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HANA子の歴史はこんなに面白い 特別篇第ニ回


V.V.「1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾したことを国民に向けて発表した……よってこの日が日本にとっての【終戦の日】となった、か」

HANA「第二次世界大戦における日本の死者は、軍人230万人民間人80万人の合わせておよそ310万人だったそうです。これが盧溝橋事件(1937年)から始まり、8年続いた戦争の結果というものでした」

V.V.「(重いなぁ……)と、とにかく……敗戦を迎え、多くの犠牲の上でようやく戦争は終わったんだね。ここから日本の戦後が始まっていくんだねぇ」

HANA「戦後、ですか」

V.V.「この日に戦争は終わったわけなんだから、戦後で間違いないでしょ?」

HANA「…………」

HANA「一つ質問をしましょうか。【日本の戦後】が始まったのは8月15日。じゃあ、ぶっちゃんは日本の戦後っていつ終わったと思います?」

V.V.「【日本の戦後】が終わった日? えーっとね……」


HANA子の歴史はこんなに面白い 特別篇【北端の夏・占守島戦記】第ニ回





クリミア半島の南端、黒海に臨むその土地はかつて古代ギリシア人たちの手で開かれた町でした。
温暖な気候。豊かな森林。南側は黒海に面していて、現代においても有数の保養地として知られています。
文豪アントン・チェーホフの最晩年の作品「桜の園」「三人姉妹」が執筆された地ということでも有名ですね。
古い言葉で「岸辺」を意味するその町の名は「ヤルタ」。
1911年、ロシア皇帝ニコライ二世はこの地にイタリア・ルネサンス様式の離宮「リヴァディア」を建設し、余暇を楽しんだといいます。
リヴァディア宮殿はその後の激動の時代を生き抜いており、現在は博物館として利用されています。
その白亜の別荘で、秩序の回復を目論む会議が行われたのは、1945年2月初頭のことでした。
そう、勝者たちが世界を冷然と分け合った『ヤルタ会談』が始まったのは。

フランクリン・ルーズベルトは上機嫌だった。
戦争はもうじき終わる。
勝って終わるのだ。
そして、勝者にとって戦争の終わりとは一つの始まりを示している。
言うまでもない。戦後秩序の構築──その仕事の始まりだ。
イギリス首相・チャーチル。
ソ連書記長・スターリン。
そして、アメリカ合衆国大統領であるフランクリン・ルーズベルト。
後世の史家たちは口を揃えて言うだろう。
「現代の歴史はこの日、始まったのだと」



世界の支配なんて簡単だ。
極東は蒋介石にやればいい。そうすれば我がアメリカの援助でアジアの大地を支配していくだろう。
太平洋? それはアメリカが頂く。
アフリカはインドルートの関係からイギリスに与えられるだろう。
重要なのはスターリンだ。
スターリンが欲しがっているのは、ソ連の安全保障だけのはずだ。
もし私が彼に彼が望む何でもを与えて、その代償を求めずにおけば、いくらスターリンだって阿漕なことはしないはずだ。
私はスターリンと歩調を合わせて、何事もなく上手くやっていけると信じている。
なぜなら私とスターリンは共に現実主義者であるからだ。
私は理想主義者のチャーチルとよりもスターリンの方が馬が合うと思っている。
我々の間において、現実主義的な基盤の上の合意が成立することについては、まず問題がないだろうと思う。
そうだ、もはや問題は総てクリアされたと言っていいはずだ。
総ては私、ルーズベルトが描いた青写真の通りに動いている……。


V.V.「それにしても随分「だろう」とか「はずだ」とか「思う」が多い見解だね」

HANA「人間が一番陥りやすい病気はなんだと思います?」

V.V.「自分が見たいものしか見えなくなる病、かな?」

HANA「Exactry(その通りでございます)」


確かにルーズベルトが感じ取ったようにスターリンは現実主義者でした。
しかし彼には、この腹に一物も二物も持ち、本性を全く相手に感じさせず、仮面を被ることに長けていたグルジア生まれの小男注1の本質までは洞察しきれなかったようです。
その結果は後に20世紀の後半を長きに渡ってしめる『冷戦』という時代を作り上げることになりますが、それはまた別のお話です。


1945年2月のこの頃、後のGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー将軍は念願のマニラ入城を果たしていました。
すでに日本軍の重要な兵站戦は絶たれており、サイパン・テニアン・グアムを基地とするB29は連日日本の都市や工場を爆撃しています。
もはや太平洋全域はアメリカの海であり、英米の制空権確保は完璧でした。
もはや日本は負けた。
それが彼の認識であったようです。
ですから、ここ数年彼にとって最も重要であった懸案事項はすでに意味の薄い代物になっていました。
その懸案事項とは何か?
それは、ソ連の対日参戦でした。
1941年にジョージ・マーシャル将軍にソ連の対日参戦の必要性を説いて以降、2年にも渡って大統領ルーズベルトにソ連に対日参戦を実行させるべく圧力をかけるよう言い続けてきたマッカーサー将軍でしたが、事此処に及んではもはやそれは必用のないことだと思っていたようです。
昨年(1944年)の夏にはもはや日本に対しては陸上侵攻さえ必要ないと断言しています。同じようなことを太平洋艦隊司令官のニミッツ提督も発言していたといいます。

「日本の命脈はすでに絶った。後は空と海からの攻撃のみで降伏に追い込むことが出来る」

そのように語っていた彼ですから、ルーズベルトは自身が抱える懸案事項についてマッカーサー将軍に意見を求めるようなことはしませんでした。
ヤルタ会談に赴く前、太平洋戦線において対日戦の指揮を執る人々──マッカーサー将軍、ニミッツ提督、スプールアンス提督、その誰もが呼び出されることはなく、意見を求められることもなかったのです。


話を戻しましょうか。
ヤルタ会談における主に対日本に関して結ばれた条項が極東密約(ヤルタ協定)です。
ルーズベルトはスターリンの要求に応じる代わりに日ソ中立条約の一方的破棄、すなわちソ連の対日参戦を要請しました。
そう、マッカーサー将軍を始めとする太平洋戦線の主要指揮官が不要と断じたソ連軍対日参戦をです。
スターリンの要求とは日本領である、樺太(サハリン)南部・千島列島をソ連に引き渡すことでした。この密約ではそれ以外にも満州の港湾と鉄道におけるソ連の権益の確保などが取り決められていますね。さすがスターリン、自分を高く売ることについては確かに有能と言わざるをえません。

V.V.「何か含むところのあるような言い方だね? 隠そうったって僕にはわかるよ」

わかるように言ってんのよ。
実の所日本にとってそうであったように、ソ連にとっても日本はいずれ戦わねばならない敵でありました。ていうか、ヤルタ会談での要請云々以前にヨーロッパでドイツを打ち破った後に日本と事を構える方針がソ連にはありました。
ソ連──ロシアにとって南進は1000年の歴史的悲願です。極東においてその南進を行った先にある障害は日本なのですから、最終的にソ連は日本と戦うという未来以外有り得なかったのです。日ソ中立条約などその未来に至るまでの間の時間稼ぎでしかなかったのです。

V.V.「ふむ。どうせ戦うのは確定事項だけど、まわりの思惑に乗ってやる形で自分を高く売ろうっていうのか。こすっからいね」

しかしそれが国際政治というものなのですよ。
この頃日本はソ連との日ソ中立条約を頼みにソ連を仲介役に連合国との外交交渉に活路を求めていました。無条件降伏ではなく国体の護持と国土保衛を条件とした有条件降伏に何とか持ち込もうといたのです。
しかし事態の流れは彼らの予想より遥かに早く、1945年4月5日にソ連は日ソ中立条約の延長をしないことを日本政府に通達しました。
そして同年8月8日深夜、突如ソ連は日ソ中立条約の破棄を宣言し、対日参戦に及んだのです。

V.V.「あれ? 4月に延長しないって決めてたのに、8月になって破棄? これってどういうこと?」

はい。4月に決めたのは条約の5年ごとの延長をしないってことに過ぎないんですね。実はこの時、日ソ間では1946年4月まで条約が有効であることを互いに確認しているんです。

V.V.「あぁ、それで8月に破棄なんだね。それにしてもドイツ降伏後からきっかり三ヶ月後の8月に破棄と同時の開戦か。これは実に律儀だとでもいうべき所なのかな?」

ソ連は極東密約にて取り決められた通り、ドイツ降伏から90日──三ヵ月後に対日参戦を果たしました。
実は日本政府は6月の時点で極東ソ連軍の状況からソ連の対日参戦が時間の問題であり、8月ないし9月上旬には開戦されるだろうことを認識していたんです。
しかし満州の地を守る関東軍は事態を楽観視する余り、その首脳に至ってはまったく警戒をしていなかったのです。
関東軍の作戦課では軍の戦闘準備が全く整っていないことから、極東ソ連軍の作戦準備も整っていないんじゃないかなーとの判断を下し、ソ連軍の侵攻は9月以降だと思いたい、いや10月以降だといいよね、もしかしたら冬になるまでこないかも、ていうか冬になったら侵攻なんてしてこないんじゃないかな? つまりソ連軍の侵攻は翌年に持ち越されることだって有りうるんじゃないかってことさ! そうだよね、そうだったらいいな、きっとそうだ、そうに違いない! うぅん、知らないけどきっとそう!
かくして方針は決定されたのです。この作戦課の判断に基づいて作戦命令は下されることとなりました。この希望的観測に基いた願望と楽観論と無責任が混濁した命令は指揮下全部隊に徹底されたのです。
結果勃発した各戦線での対応は遅れ、居留民の保護も遅れ、後の時代に引き継ぐ様々な悲劇を起こしてしまいます。

V.V.「……こうしてみると、日本軍ってホント色々なところでダメだね。ダメダメだよ」

ちなみにイギリス軍第14軍司令官ウィリアム・スリム中将注2は日本軍に対してこんなコメントを残しています。

「最初の計画にこだわり応用の才がなく、過失を率直に認める精神的勇気が欠如」

「日本の高級司令部は我々をわざと勝たせた」


などなどとね。
ところがこの中将、これらイギリス人らしい強烈な皮肉とは別にこんなコメントも残しています。

「日本陸軍の強みは上層部になく、その個々の兵士にある」

「最後の一兵、最後の一弾まで戦うとよく言うが、それを実行したのは日本兵だけだった
注3

このように高級将校の無能を批判する反面、下士官兵の勇敢さ、精強さを強く称賛しているんですね。
実の所、日本軍の下士官兵を称賛する連合軍将校の例はかなり多いのです。
極東ソ連軍対日参戦後の満州において、その評価はさらに高まったと言えます。

V.V.「ほう……。というと?」

この満州の戦いは関東軍司令部の楽観だけでなく、その戦略自体も穴だらけの酷い代物でした。
関東軍の対ソ基本戦略は抗戦しつつ段階的な後退を行うことによって敵部隊を消耗させつつ、山間部に誘導して敵主力を叩くというものでした。
尚且つ各地で広く遊撃戦を行い、できる限りソ連軍の戦力を破砕するものとし、戦力の差を縮めるためのゲリラ戦さえ想定していました。
が、これらは絵に描いた餅に過ぎませんでした。
作戦にあたっての準備など皆無。陣地はなく、敵機動部隊に対する火力も機動力も足らず、司令部と第一線を結ぶ通信網ですら整備されていない有様だったのです。
しかし!
しかし、そのような劣悪な……という言葉でさえ足りないくらい最悪な状況の中で、各地の日本兵たちは死力を尽くしました。
迫り来る大軍に抗することなど敵うはずもない寡兵であるにも拘らず、事前に防御すべき守備線を捨てる部隊はなかったのです。
その殆どの戦いにおいてまともに戦線を維持できず、各地で壊滅を繰り返した日本軍ではありましたが、一部では停戦命令発効までの間ソ連軍の侵攻を妨げ続けた部隊もありました。

V.V.「なんかここまで来ると空恐ろしささえ感じるね。どんだけ自分に課せられた任務に忠実なんだい? 日本人ていうのは」

そう、そうなんですよ。正にそれなんです!

V.V.「なんだいいきなり! それってなにさ……任務に忠実ってところかい?」

いえ、空恐ろしいのところです。
その言葉通り、日本兵を誰よりも恐ろしいと感じている人物がいたんです。
狂信的とも言えるほどの敢闘精神と精強さを誇る日本兵。その強さを“恐日病”といえるほどまでに恐れた人物が。
それは誰だと思います?

アーニャ「相変わらず話がまどろっこしい。もったいぶってないで話を進めるべき」

相変わらず短気ですね。もったいぶってるんじゃなくて、演出なのにィ。
まぁいいでしょ。答えはソビエト社会主義連邦の指導者、共産党書記長であるヨシフ・スターリンなんです。

V.V.「ソ連の親玉が……」

アーニャ「……日本兵が怖い?」


次回に続きます!


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注1:スターリンは大柄で威厳のある人物として描かれていることが多いが、実はこれはプロパガンダである。実際のスターリンを表現した言葉として「背が低くげっそりし、天然痘の瘢痕で覆われた顔は疲れて土気色、軍隊服が貧弱な肉体を締まりなく包んでいる」というものが残っている。
ちなみに彼は小柄な背丈を気にしていて、人前に出るときはシークレットブーツを履いていたと言われている。

注2:第一次、第二次の両世界大戦を経験した英軍の将軍。東アフリカ戦線、中東を経て中央アジアの第十四軍に着任。日本軍のインパール作戦に対抗した。

注3:この言葉の“日本兵だけだった”の部分に、日本軍の将校は実行しなかったという皮肉がかかっている模様。
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